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絶望を生きる哲学 - 池田晶子の言葉【ブックレビュー】

没後10年を記念して池田晶子さんの著書のダイジェストが発売されました。「絶望を生きる哲学 - 池田晶子の言葉」です。40代で早逝した方ですが、日常の言葉でやさしく哲学を語る哲学エッセイという分野を確立しました。

 

【内容】本書は池田晶子の著作の中から、どんな時代にも惑わされず強く生きるための指針となる言葉をテーマ別に精選。好評を集めた『幸福に死ぬための哲学―池田晶子の言葉』に続く珠玉の「言葉集」です。時を超えて変わらない真理と洞察をに満ちた池田晶子の言葉を、ぜひ味わってください。

 

池田晶子さんの著書は、これまでに何冊か持っていて、本棚にしまったままになっていましたが、この本を読んだのを、きっかけに再読しました。そこで感じたのが、最後に本を書かれたのが10年以上前にも関わらず、その後の世の中を「正確に言い当てている」ということでした。

著書「知ることより考えること」の中に、「大地震を待つ」という一編があります。引用しますが、これなんかは東日本大震災を予言にも思えます。

 

何もかもが意志的に統御できると思っているのが現代文明である。この根本的大間違いの上に築き上げられてきた近代巨大都市である。

しかし、人間の意志など知ったことか、自然は一撃でそれらを壊滅させるだろう。我々は自身の勘違いを、痛く思い知るだろう。それを思うと私は、意地悪くも、ちょっと愉快な気持ちになる。

物わかりの悪い現代人には、大地震くらいちょうどいいのかも。「平成17年9月29日 知ることより考えること」 

 

もうひとつは「有名になりたくて」から引用です。平成18年は、いまほどSNSは普及していなかったと思いますが、当時は、ブログが広まっていた頃でした。こうした社会現象の洞察から発せられた言葉です。

 

有名になりたいとは、他人に認められたいということである。他人に自分を認めてほしい。しかし、自分を自分と認めるのは自分でしかない。自分を認めるために他人に認められる必要はないのである。

なのに、そこで他人に認められることを必要とするのは、自分で自分を認めることができない、自分というものがそもそも「ない」からである。「ない」自分を顕示する、自分というものがない人ほど自己顕示したがるという逆説がここにある。(中略)

それが、あれらブログの自己顕示の無内容だろう。ただ自分を知らしめたいがために、無内容なおしゃべりを書き連ねるらしいのだが、空しくはないのだろうか。

他人に知られたからといって、自分の空しさが満たされるわけではない。逆に、自分の空しさを他人が満たしてくれるという勘違いこそが、その空しさなのである。他人に知らしめるより自分を知る方が先なのは当たり前ではないか。 「平成18年3月2日 知ることより考えること

 

これ以降、FacebookやTwitterなどのSNSが登場し、この「有名になりたい病」は、加速度的に広まっていったのは、みなさんご存知のとおり。

哲学者というのは、普遍の真理を考える人です。没後10年を経て、その指摘が色あせないどころか、より鮮明になっているのに著者の視点の鋭さを感じます。ここに引用したエッセイは「絶望を生きる哲学」には収録されていません。それを書くと本を読む楽しみを奪ってしまいますからね。

けれども池田晶子さんの人物や視点は、この2篇からも、うかがい知ることができると思います。本書は、著者の言葉がダイジェストで92篇収められています。出典も記されていますので、お気に入りの言葉を見つけたら、ぜひ原本もあたってみてください。