新聞と広告の向こう側

新聞のつくり方・広告を読み解く視点

使ってはいけないアンチエイジング│体に精神を近づけよう

アンチエイジングに女性は何を求めているのか

子どもの頃、「大人になったら、それらしい分別がつくか」心配だった。当時の僕から見た大人は、皆、落ち着いていて責任感があるように見えた。年をとれば自分もそうなれるのか自信がなかった。

今では40代も中盤だけれど、案の定、年齢相応の精神は育めなかった。肉体は、白髪が増え、腹もたるんできた。少し動けば息ぎれ。老化は確実に進んだのに、意識は子どもの頃と何も変わらない。

加齢に伴う肉体的な制約が、意思決定に影響を与えることはある。体が思うようにならないと気持ちも萎える。昔は気軽に行っていたことがひどく面倒だ。それで、さまざまな意思決定が見送られる。

子どもの頃の僕は、こういう姿を大人の落ち着きと錯覚していたのかもしれない。

 

女性のアンチエイジング願望

仕事で、壮年の女性向けの通販広告を作る。反応が良いのは若返り「アンチエイジング」をうたう商品だ。「女性は若々しくありたい」から、こうした商品が売れる、と考えていたが、最近、動機が違うのではないか、と思いはじめた。

実は、女性は「自分の年齢は自分にふさわしくない」と感じているのではないか。「五十歳、これが私の年? 気持ちはちっとも変っていないのに」という具合だ。自分が自分であるという自意識は変わらないのに、年齢ばかりが勝手に先に行ってしまう。

つまり「納得いかない」から自然の摂理に抗って肉体を精神に近づけようとするのだ。若見せするのは、精神に肉体を近づける努力。しかしこれは逆で、本来、肉体に精神を近づけていくのが自然の摂理に沿っている、と思う。

 

意識を肉体に近づける

そこで意識を自分の基準に置くのではなく、年齢を自分の基準に置いてはどうだろう。年齢に応じた振る舞いを心がけ、年相応に自意識を成熟させようということだ。

老いという言葉には、悲壮感が含まれるが、前向きに生涯をかけた成長と捉えることもできよう。若く健康で美しいときには、若く健康で美しいときの経験がある。老いて病んだときには、老いて病んだときの経験がある。

そのとき、そのときを時間軸に沿って経験するから、人間は賢くなり、人生は味わい深くなるのだ。年齢に抗うのもほどほどに。