新聞と広告の向こう側

新聞のつくり方・広告を読み解く視点

指導者と指導方法のギャップ

学校教育、職場指導など誰かが別の誰かに物事を教えるとき、期待した成果があらわれないときがある。2010年まで行われていた「ゆとり教育」は、生徒の学力低下が指摘され、方針転換をしている。

僕の子供は「脱ゆとり教育」世代にあたる。詰め込み教育がいいのか、ゆとり教育がいいのかはわからないが、何故、ゆとり教育で期待した成果があらわれなかったのかは、想像できる。これは教育内容ではなく、指導者の問題もあるのではないか。

ゆとり教育を指導した先生自身は、詰め込み教育で世代だ。そのため指導要領を理解しても、どこか力点が定まらなかったのではないか。自分の成功体験と異なる指導法で子供たちを導くのは、困惑もあるだろう。

何故、こんなことを書くか、というと、僕も職場で部下に指導する立場だからである。僕は、後期とはいえ、詰め込み教育世代だ。ところが、今、仕事を教える相手は、20代後半のゆとり教育世代。

指導法も、僕が上司や先輩から受けた「自分で考えろ」「失敗して掴め」方式は、絶対にやってはいけない、と上層部から命令されている。マニュアルに沿って、段階を追って丁寧に指導しているが、本音は、これで一人前になるのかな、と思っている。

もっともいけないのが、教える側が「これで一人前になるのかな」という疑念を持つこと。それはわかっていても、僕自身がそのように教えられてこなかったし、試行錯誤で何とかしてきたので、どうしてもそう思ってしまう。ゆとり教育時代の教師も同じ気持ちではなかったか、と想像する。

そういう意味で、僕は、詰め込みだろうが、ゆとりだろうが、スパルタだろうが教育手法に優劣はない、と考えている。むしろ、どんな指導法であれ、指導者の成功体験と教えられる側の指導内容を一致させることの方が重要だと思う。

それには、ある程度の時間が必要だ。学力が低下しても数十年は、つまり、ゆとり世代の子供が大人になり、ゆとり教育を授ける指導者になるまでは、方針転換しない覚悟も必要だったのではないか、と思う。

先にも書いたが、僕の子供は「脱ゆとり教育」の指導要領で勉強している。教材もかなり増えたらしい。しかし、教えているのは、ゆとり教育で育った若い先生だ。10年単位で方針が転換されると指導者の背景と教えるカリキュラムが一致しない。果たして、十分な効果が上がるのだろうか。

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教室の風景は今も昔もたいして変わらない。