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新聞と広告の向こう側

新聞のつくり方・広告を読み解く視点

やる気で成果がブレる人

よく「やる気が出ない」と言って、物事の成果をやる気のせいにする人がいる。これは意外と社会全般でも認められる免罪符のようだ。僕は、広告会社の管理職で上席者から部下のやる気を引き出すよう指示されるが、まったく意に介さない。

物事は、やるか、やらないか。やるのであれば、きちんとやるか、手を抜いてやるかの決心しかない、と僕は考えている。やる気をなくすことが、成果に影響するのであれば、その人は、手抜きをする、と決心したのだ。


僕の観察では、やる気を頻繁に口にする人は概して仕事ができない。身も蓋もなくいえば、やる気を出したところで、たいした成果は上げられない。ただ、自分が気分よく作業ができたか、どうかというだけのことである。

成果とやる気は、本来は、まったくの無関係だと思う。僕は、仕事に関しては、ずっとやる気がない。ただ、やる気がなくても、やると覚悟して、ひとつずつ確実に工程をこなしていけば完成に近づくことは知っている。

僕の場合は、自分がやる気のないときに、最低限どのくらいの作業ができるか、能力を発揮できるかを把握している。いつも最低限を基準にして、段取りを組む。自分のやる気が沸き起こるなんて、まったく期待していない。ただ成果は安定している、と思う。

面倒くさいこと、難しいこと、時間のかかることはできるだけ避けたい。時間のかかることは早くはじめれば、それだけ有利になる。面倒なこと、難しいことは、手順を細分化して、少しずつ進める。ひとつの手順だけを見れば、あまり苦にならない。淡々とやる。

準備は、難しいことを、やさしくする。自分のやる気を待つのなら、すぐに着手した方が賢いと考えている。成果に、やる気は関係ない。やる気を言い訳にするのは甘え。それが免罪符になるのなら、そもそもやる必要がないことではないか?

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やる気を出すと回り出すが、ずっと止まっている。