新聞と広告の向こう側

新聞のつくり方・広告を読み解く視点

なぜSNSではシェアがはやっているのか?

貧しい時代は、誰もが身を寄せ合って生きなければならない。集団で生きることは貧しさによる必然だ。皆と肩を寄せ合って生きることで、さまざまなリスクから身を守る。しかし、集団生活は、常に不自由がつきまとう。

貧しさに紐づいた集団生活は、共用が基本である。何もかも、自分だけで使うというわけにはいかない。ひとつのものを、皆で分かち合う。

豊かさとは、こうした共用から自由になって、自分「専用」のものを持ち、自分ひとりで生きていける社会を作ることにあった。かつては、テレビも電話も家族で共用していた。それが時代を経て、一人が一台、自分専用のものを持つようになった。こうした変化に僕は、豊かさを感じる。

しかし僕よりもずっと後の時代に生まれた人たちは、この豊かさをたいして実感していないだろう。なぜなら、物心ついたときから、何もかも自分専用に与えられた環境で育ったからだ。それは、単なる日常でしかない。

こうした世代にとって「共用」「共有」は、新しい豊かさのコンセプトだ。人は、身近でないものを手に入れることで豊かさを実感する。

物の豊かさが日常化し、貧しい時代の集団の掟が、もっとも新しい豊かさのコンセプトにとって変わった。物が満ちれば、次は心を満たしたくなる。「衣食足りて礼節を知る」とはこのこと。

ひとり占めしないで皆と分かち合う。この発想は、ゆとりが生み出した新しい豊かさの表現といえる。見てごらん、SNSではシェアが大はやりだ。物に満たされ、今度は誰もが心を満たしたいのだろう。

 

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