新聞と広告の向こう側

新聞のつくり方・広告を読み解く視点

優れた道具がプロの仕事を脅かす

女性カメラマン

道具の役割は、それを使う人のセンスを増幅する。良い道具ほどこの増幅する能力が高い。最近は、素人でもプロよりずっと良い写真を撮る人がいる。なぜ、こんなことが起こるのだろうか。

僕は、これまでのプロは、センス以外の要素が評価されていたのではないか、と考えている。プロは高価で特別な道具を使いこなした。そうして素人とは明らかにレベルの違う仕事をした。それは、設備であり専門技術の産物といえる。そういう意味で、一昔前のプロは、技術屋の意味合いが強い。

個人のセンスが脚光を浴びる

ところが今は、素人でも手の届く価格で、良い道具が手に入るようになった。良い道具は、難しい操作を不要にする。昔は、プロが特殊技術で対処していた操作を、今は道具が自動で処理する。最新のデジタルカメラはシャッタを押すだけで、ほぼ失敗なく被写体をとらえる。

そうなると写真撮影で問われるのは「センス」。しかし、センスだけの勝負であれば、初心者でもプロと遜色ない人もいるのではないか。

ときどきインスタグラムの投稿を見る。普通の人たちが撮影した素晴らしい写真が数多くある。プロが同じようにスマホで被写体を狙ったら、それらより素晴らしいものが撮れるかは疑問だ。

道具の進歩はプロの世界に多数の素人を呼び込むことになった。道具がプロと素人の垣根を取っ払ってしまったのだ。その道の先人は、道具の進歩によって参入してきた新参者をあなどり軽んずるが、本心はかなり焦っているのでは。

さて、どんな分野でも、それに取り組む人が増えると、一般に平均値は下がり、最高水準が高くなる。にわか写真家が増えて写真のレベルが下がったと嘆く人は、平均を見ているのだ。

しかし、見るべきは最高水準の高さである。冒頭で、良い道具は、技術を補う増幅器だと書いた。秘められた才能やセンスが、道具によって大輪を咲かせる。こうした時代に、プロとプロでない人の境界はどこにあるだろう?

プロと素人の境界線

僕は、プロのプロたるゆえんは、コンスタントに品物になるレベルのものを作る「安定性」と、それを作る「速さ」だと考えている。突出して素晴らしいものを、ときどき作る、というのは芸術であって職業にはなり得ない。

先日、得意先から広告の原稿案をいただいた。普通科の高校に通うご長男が、PCでデザインしたものだという。illustratorというプロと同じソフトを使って作ったものだ。受け取った原稿案は素晴らしかった。

これだけのデザインができる制作スタッフが、社内にいるだろうか。これからは「質」の面では、センスのある素人に負けてしまうプロがたくさんあらわれるだろう。

長くやっている、特殊な技術がある、という程度の優位性では後発の才能の豊かな素人に仕事の領域は奪われていくだろう。センス以外の要素で勝負していたプロには厳しい時代になった。